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「クラッシュ」

観たい観たいと思っていたのに、
なんだかタイミングが合わず、やっと観に行けました。
第78回アカデミー賞3部門受賞作品「クラッシュ」。
大阪ではシネコンのなかでも
定員120人あまりの小さなハコでかかっていますが、
自分が行った回は満席。息の長いロングランとなりそうです。
とはいえ、この映画、実は「観たいけど観たくない」映画でもありました。
なぜなら、監督があのポール・ハギス。
「ミリオンダラー・ベイビー」のトラウマが…(汗)。
だって痛いんだもん、この人の話(涙)

でも、観に行って良かったです。
そして、やっぱり脚本が素晴らしかった。



ロサンゼルスの街で起こる、人間対人間の「衝突の連鎖反応」。
36時間の濃厚なドラマ。
12人を超える登場人物の一人一人にそれぞれのプロットを組みたて、
組み合わせ、撚りあわせてあります。
登場人物には、見たままの人は誰一人としていない。
みんなに表の顔があり、裏の顔がある。
善悪で捉えられる恐れがあるなら、光の当たっているところと、
そうでないところというほうがいいかもしれない。
どちらも、人間の背中合わせの部分。
ただ、あまりにも率直であろうとして、
キャラクターに言わなくてもいいところまで言わせた感がある部分もありました。
それを考えると、多分現実世界(映画の外)の人間のほうが計算高いかも。
(こんなこと言ったらもめるし、自分の立場が悪くなるからやめとこう…とかね)。
なので、意図的にそれをやったという勇気に敬意を表したいなと思います。
これは前作でも感じたことなんですが、
ポール・ハギスって、実はマゾなんじゃないすかね?(苦笑)

映画の謳い文句は「アメリカが抱える人種差別の物語」でありましたが、
個人的には、人種の違いは要素の一つであり、
本質は「見知らぬ他人」「自分の知らない他者」に対する
得体の知れない恐怖の話だったのではないかと思ったりもしています。
なぜなら、日本人が日本人を相手にしても、
コミュニケーションと環境のすれ違いで「衝突」に発展することはあるわけで。
特に都会に住んでいると、どんどん人間関係が希薄になってきて、
街を歩いている人、隣の家に住んでいる人が信じられなくなってくる。
普通知らない人を判断するにはどうしても外見に頼らざるを得なくなるんですが
青テントのホームレスがゴミを拾い、木を育て、哲学を語り
一見パリッとした背広を着た子煩悩なサラリーマンが、
他人の子どもをマンションから投げ落としたりとか平気でするから
どんどん判断基準が分からなくなる。

ある人間が、人種の違う人間に対する感情と、
団塊の世代の人間が、渋谷で地面に座り込むギャルに対する感情は
多分、どちらもお互いに「よく分からない」
そして、「よく分からない」ところに恐怖の生まれる隙間があり、
恐怖は「やられる前にやれ」という意識のもと
相手への攻撃=暴力となって顕在化することもある。
我々は親から、または学校で、人間を外見で判断してはいけないと教わります。
でも、ビジネスシーンなどでは外見が重要視されることもあるわけで、
なんだかどこもかしこも矛盾。それが現実。

でも、人間ならば、生死のギリギリのところではみんな同じなのだと思いたいんです。
色形ではないところに刷り込まれた「善良なるもの」の存在を信じたい。
この映画の脚本はそのところを希望としてしっかり押さえている。
でも、このシナリオが一筋縄で行かないところは、
どう見ても善良な人間が、犯罪を犯すこともあるということも書いている。
この点がなんともいえず、ニヒリストだなぁと思うわけです。

すべての人間が「存在すること」を知っていて
でもそれを認めなかった(認めたくなかった)ものを
ひりひりするような白日に晒す映画でした。

だれもが、全てに善くあろうとして、それがかなわぬことであることを思い知る。
そして、人とぶつかりながら、報われぬ感情に折り合いをつけて生きている。
だから、人間は哀しい。だけど、それだからこそ愛しい。

これは、劇場の暗闇の中で、自分と向き合いながら見るべき映画なんだと思います。

by yuqui084 | 2006-04-06 23:35 | 映画

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